震災より3週間たちました

このたびの平成23年(2011年)3月11日の
東北地方太平洋沖地震の被害に遭われた地域の皆さまに、
心からお見舞い申し上げると共に、
一日も早い被災地の復興をお祈り申し上げます。

(震災後被災者の支援のため消防団で忙しい主人に代わり妻の私が記します。
ご了承ください)

3月11日の震災の際は、夫成光と母カナ子と共に、
ビニールハウス内にて作業をしていました。
携帯電話の緊急地震速報が鳴り、身構えていると、
徐々に揺れが強くなり、立っていられないくらいになり、
しゃがんで強い揺れが終わるのを待ちました。

ハウスの鉄骨がこすれる、ものすごい音がしましたが、
幸い地震によるハウス施設の損傷はほとんどありませんでした。

携帯電話のワンセグで地震の速報を見たら、いわきは震度6強で、
「大津波警報」が出ており、びっくりして、
夫は保育所へ1歳の息子を迎えに慌てて車で飛び出しました。
とりあえず自宅の状況を確認しようと母と家に戻ったのですが、
瓦が落ち家の中は家具が倒れており、余震もすごく家の中に入れませんでした。
避難の前にハウスの暖房機の石油の配管が抜けていないか
確認しにハウスに戻ったところ、
ハウスの中はあちこちで液状化現象が起きていて地下水が湧き出していました。

ハウスは海岸から約500m離れていますが、
「大津波警報→いわきで予想10m」の現実感がわかず、
2つのハウスの配管が漏れていないことを確認していると、
北側の蛭田川から津波が防波堤を超え「ザー」と流れてきたので、
慌てて車で避難しました。
蛭田川津波が引いています。

幹線道路は避難の車で渋滞し、あちこちで塀が倒れ、
道路に亀裂が入ったり波打ったりしていていました。
その後山間の知人宅で主人と合流し、息子を受け取り、
そして主人は消防団員として出動していきました。

その頃父正克は、郡山市の夕方からの会合に向かう磐越道上で
車を運転中に地震にあったそうです。
すぐ自宅に戻ろうとしましたが、高速道路は封鎖されてしまい、
一般道で4時間かけて帰り、私たちのいる避難所に無事合流することが出来ました。

一晩寒さで眠れず避難所ですごし、翌日は家の中の片づけをし、
震災の2日後からトマトの収穫を再開することができました。
津波が少し入ったので、しおれてしまうかと思ったのですが、大丈夫でした。
ハウス内液状化

(しかしいわき南部の勿来地区は海岸沿いで津波の被害がひどく、
特に入江になっている岩間や小浜などは防波堤が破壊され、
大変な被害を受けたようです)

当農園は地震や津波の被害は軽微でしたが、
福島第一原子力発電所で起きた放射能漏れ事件は、
原発から65km離れたいわき南部でも影響大でした。

避難指示や屋外退避指示の外でしたが、
いわき市で独自に自宅待機の指示が出た程です。
16日にはトマトの出荷も止まってしまい、
収穫して行き場がなくなってしまったトマトを、
父は近くの避難所に届けにいきました。

またいわきは危ないということで、多くの人が市外、県外に避難していまいました。

実は私は今妊娠中です。5月に出産予定です。
我家では震災以来水道が復旧しないこともあり、
念のため私と息子は17日から埼玉の姉の家に避難しています。
(早く自宅に帰りたいのですが、原発の予断を許さない状況と、
もう少しで2歳になる息子とお腹の子どもの安全を思うと・・・)

トマトはその後、いわきへ入る物流が止まってしまったため、
いわき中央卸売市場から出荷要請を受け、
市内のスーパー用にと出荷出来るようになりましたが、
風評被害のため値崩れする一方です。

3月27日の県の発表で、福島県のハウス栽培の農産物の
放射能汚染からの安全が確認され、
連日テレビや新聞などで、いわきの農産物の風評被害の影響が
報道されていますが、
これから田植えの準備も始める時期ですし、
トマトの収穫も暖かくなり最盛期を迎えます。
いわきにとどまる主人と両親は終わりが見えない原発問題に頭を抱えています。

とりあえず、「がんばっぺ!!いわき!!」です!
復興に向けて、頑張っていくしかありません。
私個人的には、お腹の子どもを無事出産することに全力を注ぎます!!

皆さま、どうか、いわきを、いわきのトマトを、よろしくお願いします!!